愛する人を亡くした人に掛けてはいけない言葉とは?

もし、今、あなたの目の前にいる愛する人が突然いなくなってしまったら…あなたはどうしますか?泣くでしょうか?自暴自棄になってしまうでしょうか?それをバネに奮起するでしょうか?

「支える」「寄り添う」…言葉ではとても簡単に言うことができますが、実際はどんなことをしてあげたらいいのでしょう。

また、どのようなタイミングでしてあげるのがいいのでしょう。また、自分には何ができるのでしょうか。

ここでは、「愛する人が突然いなくなってしまった」という悲しくて苦しい場面に直面している人に、回りの人たちが何をしてあげたらいいのか、どんな方法で支えてあげることが出来るのか、また、どんな言葉はかけてはいけないのかなどをまとめてみました。

愛する人を亡くしてしまった悲しみは、本人にしか分からない

愛する人を亡くしてしまった悲しみは、本人にしか分からないのは本当です。

お気持ちはわかります、という言い方はすべきではありません。それを理解することなど到底できないからです。

どの程度愛する人のことを思ってきたのか、その人の心の中のことを知ることはできず、ある程度想像することはできたとしても、それを口にすべきではないのです。

悲しみに打ちひしがれている人は、お気持ちはわかりますと他の人から言われると、あなたになにがわかるの、という気持ちになります。

そういう言葉をかけるよりも、ただそばにいる、また話を聞くだけで良いのです。共に泣き、共に感情を共有することができれば、それだけで十分にその人の力になることができます。

悲しみに暮れている人に掛けてはいけない言葉① 泣かないで

愛する人を亡くした人に、ついかけてしまいがちな言葉、「泣かないで」。

ですが、その言葉は、愛する人を亡くしてうちひしがれている人を、元気づけるどころか、うちのめしてしまう言葉かもしれません。

泣いていても、亡くした人が帰って来ないことは良くわかっています。

それでも、悲しい気持ちが止められないから泣いているのです。

周りに心配をかけてしまって申し訳ないと思いながら、それでも涙を止められずに泣いているのです。

涙を止められるものなら止めたい、と、泣いている本人がいちばん感じています。

励ましてあげたい、という気持ちから出た言葉でも、受けとる相手には負担になることもあります。ここは、黙ってそばにいて、泣き止むまで待ってあげるほうが心に響くかもしれません。

悲しみに暮れている人に掛けてはいけない言葉② あの世でまた会えるよ

愛する人が突然いなくなってしまったという、この世の終わりとも言えるような辛くて悲しい場面で、「あの世でまた会えるよ」。

…こんなにも無責任で、こんなにも悲しい言葉はあるのでしょうか。死んでしまったあとの世界のことなんて、誰にもわからない。

どうなってしまうのかの保証もない。しかも、自分がこの世にいなくなってからまた再び出会えたとしても、今のこの悲しみは、癒されるのでしょうか。

大好きな、愛する人と一緒に時を重ねていきたいのは、不確かな未来ではなく、「今」なのです。

同じものを食べたり、同じものを見たり、笑い合ったりしたいのは「今」なのです。

何かを身代わりにするような言葉ではなく、今の相手の心と向き合うような言葉をかけてあげたい…ですよね。

悲しみに暮れている人に掛けてはいけない言葉③ (しばらくしてから)元気になったね

「元気になったね」という言葉も、愛する人を亡くした人に掛ける言葉としては相応しくないでしょう。

あなたから元気になったように見えたとしても、それは相手が気丈に振る舞っているだけかもしれません。

あなたに心配をかけまいとして、わざと明るく振る舞っているのだとしたら、「元気になったね」などと言われて良い気持ちはしません。

もちろん、目に見えて憔悴していた人が見かけ上元気になったとしたら、その頃と比べれば元気になっているのかもしれません。

しかし、それはその人にとっての平常の状態にはまだ程遠い場合もあるのです。気持ちに寄り添う、共感するような言葉がけを心掛け、あなた自身の見解を伝えるのは避けた方が良いでしょう。

悲しみに暮れている人に掛けてはいけない言葉④ なぜ早く気がつかなかったのか

「なぜ早く気がつかなかったのか」は、愛する人を亡くして悲しみに暮れている人に掛けてはいけない言葉の最たるものでしょう。

もっと早く気がつけば、もう少し何とかなったのでないか、そう思うのは仕方がないことかもしれません。

言った人も、自分の後悔や悲しみを、その言葉でまぎらわしていることもあるでしょう。

ですが、その思いは、愛する人を亡くした人なら、誰でも感じている思いです。一人だけがそう感じているのではありません。

それに、どんなに後悔しても、もう亡くなってしまった人は帰ってきません。

あのときああすれば良かった、こうすれば良かった、という思いは、決して叶わない願いなのです。

取り返しのつかないことを責めることは、その人を傷つけることしかできません。

悲しみに暮れている人に掛けてはいけない言葉⑤ あなただけがつらいのではない

悲しみにくれている人にかける言葉として、「あなただけが辛いのではない」と言う言葉はかけてはいけません。

それは、そのような言葉をかけても辛い気持ちを払拭することはできないからです。

辛い気持ちは直ぐに回復させることができないのです。

ほかの人の力を借りて、回復するのではなく、自分が時間をかけてゆっくり回復することが重要だからです。

あなただけが辛いのではないと言われても人が辛いことを認識したら自分の辛さが少なくなることは、全くないのです。

その言葉は、上司が部下に仕事中に言う言葉のような感じですね。ちょっと冷たい感じもするので、絶対辛い気持ちでいる人にかけてはいけない言葉です。じっと静かに回復するのを待ってあげるほうが優しさです。

「いつでも連絡してね」は、辛くなったときに支えられる言葉

では、大きな悲しみの最中にいる人に、どのタイミングで連絡を取ったらいいのでしょうか。

きっと多くの人が、「今は忙しいかな」「まだひとりでいたいかもしれない」「普通に生活している私の声を聞くのは辛いことなのかもしれない」…などといろいろ考え込んでしまって、「結局連絡できなかった」「今さら遅いかも」となってしまうこともあるでしょう。

ですが、そうやってたくさん考えてくれるのは、悪いことではありません。あなたの優しさが溢れる思考だと思います。

迷う気持ち、すごく分かります。相手を悲しませたくないのですから。

なのでそこは「いつでも連絡してね」と相手に決定や選択を委ねてみませんか?そうすることできっと、「自分を気にかけてくれている人がいる」「一人じゃない」って心のどこかに残るのだと思います。

「また近いうちに会いましょう」など面会に関わる言葉は助けになる

相手に選択を任せることで、「一人じゃない」「誰かが見ていてくれる」の気持ちを持てるようになる…。

それでは、どのタイミングで会いに行ったらいいのでしょうか。これも悩むことだと思います。誰だって無責任に相手の心に入り込むのは避けてあげたいと思うのですから。

そういったときには、ここでも相手に選択を任せてみませんか?こちらから「○○日は空いてる?」「明日会いに行っていい?」と聞くのではなく、「また近いうちに会いましょう」と伝えてみましょう。

「○○日」「明日」と日にちが決定していないので、相手が自分の都合や気持ちで日程を決めることができ、慌てず急がず対応できると思います。

「私のこと、待っててくれる人がいる」…こう思うだけで、安心感が持てるのだと思いますよ。

あまり声を掛けすぎず、一緒にいる時間を増やすことに徹しよう

もし、相手から連絡が来て会うことになったとしたら、どんな風に接してあげたらいいのでしょうか。

相手の心に寄り添いたいあまりに、いろいろ聞いてしまったり、「大変だね」「かわいそう」というこちらの気持ちばかりを伝えてしまうかもしれません。

でも、もしそういう風に接してしまった場合、どう感じるでしょうか。せつかくの優しさがうまく伝わらなくなってしまう恐れがあります。

おせっかいに感じてしまうかもしれません。

なので、空いてる心に寄り添うことから始めてみませんか?

「寄り添う」…難しく考えず、「ただそばにいること」から始めてみてください。言葉は多くなくてかまいません。

一緒の空間で、同じときを刻み、ただ共感する…。それだけで、心強く感じられると思います。

落ち込んでいる時は、言葉より行動

落ち込んでいるときは、言葉をたくさんかけるよりも何かを働きかけ続けてあげることが大切です。

時間がない場合、仕事で忙しくしている場合などは、とりあえずラインやメールを送り、そのことで癒してあげることができたらと思うことがありますね。

しかしメッセージだけでは、気持として少しはいいかもしれませんが癒されることは少ないです。

それよりも実際にあって、その悲しい気持ちをじっと聞いてあげるほうがいいのです。

やっぱり実際に会うことが大切なんですね。

自分のことを親身になってくれる人がいると思うことはとても後から力となり立ち直りやすくなります。

実際に会ったときには、聞き役に徹しよう

愛する人をなくしたときは、そのことを経験したことがない人は想像を絶する悲しみがあることを理解しましょう。

その悲しみは、わすれることができません。

しかし時間とともに少しづつ、その気持ちを癒すことができます。

もしもその人を助けたいと思う場合は、話をするのではなく、その人の気持ちを理解するためにじっと聞き役に徹することが一番です。

その人は話すことにより、ある程度気持ちを整理することができるようになります。

しっかりアドバイスをするよりも、ずっとそのほうが相手の人の気持ちとしてありがたいと思うことができるのです。

そばでじっと話を聞いてもらうことができる、それだけで十分と思えるのです。それを繰り返ししてあげると、一番心を整理しやすくしてあげることができます。

まとめ

大事な人を亡くした悲しみに暮れている人にしてあげられることは何か…

結論としては、こちら側の働きかけによって心の痛みを回復してあげられることはありません。

悲しみの淵からじっくり、ゆっくり時間をかけて立ち直るそのそばにいてあげることしかできないと考えると、あなたもきっと辛いことでしょう。

あなたにとって大切な人だからこそ、悲しんでいる姿を見るのは心が痛いかもしれませんが、一緒にいてあげるだけで、そのことが少しでも力になれば、いいですね。

今は、辛いかもしれませんが、いつかその人とまた一緒に笑い合える時が来るまで、待ってあげましょう。

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